読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぐるぐる雑記

読んだり観たりすると感想が出る。うんちと一緒だね。

引っ越しできた

f:id:xxuiko:20170526004352j:image

実家の最寄り駅からの風景。日曜日にさよならも言わないで、35Lのリュックひとつで家を出た。実家の寺ではだれかの葬式準備がされていた。わたしはそそくさと、リュックと寝袋を持って逃げていった。

「ふりかえるな、ふりかえるな、後ろには希望がない」という寺山修司の言葉を、電車を待ってこの景色を眺めている間に何度も考えた。そう、この土地にいた過去には、なんの希望もない。

 

f:id:xxuiko:20170526004755j:image

阿佐ヶ谷のアパートにはものがない。けれど晴れた日に学校をさぼって、商店街を散歩して、お豆腐を買い、電気をつけずに青が濃くなっていく空を眺めながら、お豆腐に鰹節と醤油をかけて食べるとき、わたしは幸せだ。買ってきた安いワインの栓抜きが見つからなくて、昨日恋人が持ってきてくれたキッチンに出しっ放しのぬるい缶ビールを飲みながら、ただがらんどうのアパートの一室でぼーっとしているとき、これが身の丈にあった秩序ある現実だと思う。そしてやっと息ができる気がした。

 

引っ越せました。うれしい。また日記書ける時間ができればいいな。

 

 

広告を非表示にする

エドワード・ホッパーとか、ハンマースホイとかグレコとか

鷲田清一(わっしー)は言った。自分の痛みとはあまりに理不尽なゆえに悲しむことすらできない、と。(『「聴く」ことの力』)

わたしはよく理不尽な辛さに襲われる。さっきも家の廊下であまりに辛い気持ちになってキッチンに移動する足を止めてしまった。廊下に立ち尽くしてぐっとこらえる。ただ直立不動でこらえる。そしてなるべく波にさらわれず、過ぎるのを待って、キッチンへ向かい母親がイタリアの土産に買ってきた7ユーロの赤ワインをボトルの半分ほど飲んで、同じく土産の3年物のチーズをかじった。アルコールがあると、気分が緩やかになる。もしタバコがあったなら、気分は冷静になるけれど、タバコはしばらく吸うのを辞めているからここはぐっと我慢する。

そう、わっしーの言うことは本当だといことを書こうと、ワインを飲みながら考えていた。自分の痛みというのは理不尽だ。どこからやってきたのかよくわからないし、その実体さえつかめない。自分の悲しみは散らかった部屋のようだ。秩序がなく、手の施しようがないように見える。だけれど、一方で人の悲しみというのは秩序だって見える。もしくは散らかっていても、そこになにかしらの意味が見えるように。

わたしの母親は片付けが異様に下手で家中おそろしく散らかっているが本人はその理由がわかっていない。だから何度片付けても片付けても、また無限に散らかっていく。しかしわたしからすればその理由は明確で、ものをしまう場所のカテゴリーに対して、しまわれる物のカテゴリーが3倍くらい多い、それだけだ。巣の無い鳥が、巣がないから仕方なくそこらへんを飛び回るのと同じことが家の中の物たちの間で行われている。しかし母親は当事者すぎてそれが分からないから、片付けと散らかすを円周率並みに繰り返してしまう。無限ループ。アーメン。

他者の痛みは見るに値するというのは鷲田清一レヴィナスの主張だけれど、わたしは絵を見るときにこのことを考える。

絵画、それは先人たちが作ってくれた優れた器。そこには考え抜かれた喜びがあり悲しみがある。そして絵画を鑑賞するとき、わたしは自分の中の感情を絵に丸投げする。そして優れた器に収められてはじめて、わたしの悲しみや生きる辛さというものは見るに値するものになる。そこではじめて、わたしは自分のことをやっと冷静に見ることができる。

高校生のころ、ヴィルヘルム・ハンマースホイが好きだった。

f:id:xxuiko:20170519010729j:plain

この絵は国立西洋美術館の常設展に展示されている絵で、上野にいくたびこの絵を見ていた。人のいない孤独。自分以外はこの世に存在しないかのような、静けさと空気に漂う神経質さが漂ってくる。しかし最近はこの絵があまり馴染まなくなってきた。

最近はエドワード・ホッパーの絵が見たくてしょうがない。

f:id:xxuiko:20170519011047j:plain

たぶん有名なのはこの絵だ。どっかで見たことある気がする。同じ人物の絵なのだけれど、だいぶ様相が違う。今度は、社会の関係の中で感じる孤独がそこにある。ハンマースホイはもっと静かだったのに対して、ホッパーはある大きな機構の中でまるで自分が存在していないかのような孤独、そしてそれに対して疲弊しているような感じがとても良いのだ。

これらの絵を見比べていると、わたしの孤独の質が変わったんだな、というのが良くわかる。ホッパーの絵がとてもいいなと思うわたしはきっと、関係性の中で孤独を感じているんだろう、と思う。例によって、他者の痛みを借りて自分の感情に目を向けたわけである。

わたしは禅寺で育ったくせに、幼稚園・中学校・高校と、バキバキのカトリック校で過ごし、毎日聖書を読み続けてきたわけであるが、いままでキリスト教なんかうさんくせーと思っていた。シスターがうじゃうじゃいる学校だったが、なんだかやっぱり彼女たちの言うことは理解できなかった(神父さまの言うことも)。けれどこの前、どうしても気分が落ち込んだ時に国立西洋美術館で見たエル・グレコの絵に思わず涙してしまった。

f:id:xxuiko:20170519012242j:plain

よくわかんないけど、この人はわたしのために苦しんでいる気がする、と思った。ブッダは悟った人で、すばらしい言葉をたくさん言っている。けれどやはり常人にはそれを目指すことしかできない。一方で、キリストはたしかに卓越した人だ。普通の人は湖の上を歩いたりしない(ミスターマリックは別として〕。けれど彼の生まれた使命は、人間の罪を負うためだった。

最初のことに戻るけれど、やはり人間には優れた器が必要だと思う。それは絵画であり宗教であり音楽であり文学である。誰かのちからを借りてやっっっっと、わたしは自分のことに目を向けられる。だからこそ、文化というのはなくならないし、文化がなくなったときこそ人間性の死だな、なんて思ってしまう。

 

今日も一応生きながらえたなーなんて思いながら。

ひとり暮らしがしたい愚痴

もうこの記事はただの愚痴だ。ひとり暮らしがしたい。なのになぜさせてくれないんだ。

「ひとりにならないとわたしが崩壊する!」と両親の前で泣き崩れてからはや一週間くらい経ったのだろうか。東京は阿佐ヶ谷で物件を探した。谷川俊太郎とご近所さんである。家賃はできれば自分で出したい。だから上限3万円の物件を探したが、それは見つけられなかった。正確に言えばあったことにはあったのだけれど、母親が頼むからこんな危険なところはやめてくれ、あなたは仮にも女の子なんだ、と懇願してきたから、それは却下された。で、代わりに探し当てたのが家賃5万6千円、木造2階建て、角部屋、二面採光、である。窓を開ければ借景で、お隣さんの豪邸の緑が採光に癒やされる。なによりも家賃を50%以上自分で出せるのがいい。自分の生活をなるべく自分で仕切りたい。誰にも頼りたくない。家賃を出して安全を買うなんて、結局は親に鎖の首輪をつながれたままなのだ。だからその割合はできるだけ減らしたかった。

そしてやっと、母親を内覧に連れていった。行く前にグーグルアースで見せて、どんなに素晴らしい物件かをプレゼンし、勝手に契約書に保証人を書き込んで不動産屋にファックス。手続きはほとんどすべて抑えてあり、あとはもう母親を連れて行くという不動産屋に対するパフォーマンスとしての証拠だけ作れば全て完璧だった。

そして母親・妹・わたしの3人で向かった内覧。しかし、そこで発揮される、母親のおせっかい。「お隣さん、男の人だね」「マンションみたいなところないのかな」「カーテンは二重にしなきゃだめだね」「男もののシャツとか干すんだよ」とか無限に忠告をしてくる。しきりに他の物件をチェックする。監獄みたいに密閉されたマンションじゃないと気がすまないみたいだ。わたしはもう22才なんですけれど、と言いたい。放っておいてほしいと嘆願しているのに、なんでしてくれないんだろう、と頭を悩ます。はっきりいうのならば、精神的に窮屈なのだ。そして家に帰ると父親にいかに悪い物件だったかを、わたしのいないところで話すのである。声は丸聞こえなのだが。わたしは「あーあ」と思う。家からきっと出してもらえない、と。

ねえ地球上のみんな。わたしは思うんですけど。愛は大事だ。けれど束縛はよくない。母のしていることは、わたしを家に縛り付ける行為だ。わたしがなんで家を出たいのか、彼女はあまり理解していない。理解はしているかもしれないけれど、親のエゴが無限にわたしを引きずり戻そうとする。愛が人を信じることを意味するのだとしたら、わたしを信じてくれたっていいじゃないかと思う。彼女がしていることは、自分の満足を満たすための行為でしかない。わたしが泣いて、自分の身が崩壊しないためにひとり暮らしするんだ、とお願いしているのに、どうして許可してくれないんだろう。わたしはもう限界を感じる。

一昨日、夜中に猛烈な腹痛に襲われ、トイレに3回通い、3回目にして気絶しそうになり、廊下を這いながら自室へと移動し、横になり意識が薄れていくのを感じていた。わたしは元来痛みに弱く、いい歳して膝をぶつけただけで気絶したことがある。そして今回も例外ではなく、腹痛のあまり気絶したわけであるが(幸いにもベッドの上で)、そこである3人の幻覚を見て、そして朝起きたときの「わたしやべーな」という自覚。わたしは見た。村上春樹と、谷川俊太郎と、高橋源一郎を。はっきりと、彼らの姿を見て、存在を自分の内側に感じた。その次の日、バイト先で切羽つまりすぎたわたしには、同僚の顔に黄色い10センチ幅の線が塗られているのを見た。何度目を瞬いても、その線は消えない。「やべーな、相当キテるなこれ」と、冷静をまだ装えるので大丈夫である。が、これも時間の問題で、そのうちに記憶喪失とか入りだすと結構やばい(どうやって家に帰ったのか覚えていない日などがあった)。物理法則みたいなので頭がいっぱいになり、電車恐怖症になり引きこもり、一日をベッドの上でただ天井を見るだけで終わらせる、というむかし陥ったことがまた起こり得る気がしてきて恐怖する。

「電車で倒れて、引きこもり状態になってたときに比べれば…」と父と母が朝方廊下で話していたのを聞いた。頼むよ、そんなに本人に聞こえる位置で話さないでくれよ、と思う。すみませんね家族のお荷物で、と。

けれどわたしだってがんばったんだ。中学受験の勉強も、受験も親の望むようにやった。あの頃わたしはストレスが溜まりまくり、自分の記憶のないうちに教科書などをゴミ箱に突っ込み続けるなどしていた。その時期の記憶はさっぱり消えているので、いまだに伝聞調でしかわからない。大学受験だって、親の望む大学に行った。世間に名の恥じない有名大学だし、なんなら1年半の間日本で一番むずかしい大学にだって通った。一流企業でインターンだってした。じゃあこれ以上わたしに何を望むのだ。わたしが望むことはひとつで、ひとり暮らしをさせてほしい、ただそれだけなのに。みんながひょいとさせてもらえることを、わたしはさせてもらえない。たくさんの親が望んでも、みんながひょいとはできないことをやったのに。なぜ。

親になったらそりゃ子供の心配が大変だろうけれど、わたしもう22歳ですよ。留年してるから大学生だけど、22歳って一般的に見て社会人ですよ。なんなら20歳になってから一度だって選挙逃したことありませんよ。なんでこんなに過保護なんだろう。過保護が精神的に暴力だって、知ってほしいのだけれど。

わたしこのまま壊れるんだろうか、と不安になる。頼むから、ひとりにしてほしい。すべてのものから離れたい。助けてほしい。いや、ちがう、なにも助けないでほしいのだ。

月からきた人

今日すごい喧嘩をした。父親と母親と結構な喧嘩。わたしがひとり暮らしをしたいと申し立て、それを却下され、わたしが泣きじゃくる(大学生…)。前にも書いたように、わたしがひとり暮らしをしたい理由は、全ての世界から距離を保ちたいからで、別に「恋人と〜」なんて下心1ミリもありゃしない。ただ、可能な限りすぐにでもひとりの時間を確保しないと自分という存在がばらばらに分解していってしまいそうでこわかった。わたしが引き裂かれる感覚がして、だからこそひとりの世界をいちから作るという分かりやすい経験をすべきだと思ったからひとり暮らしをしたいだけなのだ。

それに対して父親は「こころの準備が必要」との回答だった。たしかにそうだ。昨日の今日で娘がいきなり「引っ越します」と、3万円の風呂なし共同玄関のボロボロアパートに引っ越したら気が狂う。しかしそれを聞いてわたしはぶちぎれ状態だった。なぜなら精神的に切羽詰まりすぎて、死ぬか、いますぐひとり暮らしか、くらいの選択肢しか頭にないから。dead or live alone。

精神的に落ち込むのは高校生くらいからずっとで、でもそれを家族に相談したことはなかった。過食嘔吐を4年近く続けていることも、むかし見えない場所に自傷をしていたことも、家族は何も知らない。だって人は明るくなければいけない、というなぞの義務感が一番近い人達に向かって働いていた。近ければ近いほど、遠ざかっていくものとして恋人の心をあげたけれど家族だって十分そうだ。近いものとは同時にはるかに遠いものだということ。家族だからこそ言えない。しかし泣きじゃくって切羽詰まって、この機会を一週間でも逃したら本当に死にそうだと思ったわたしは、つい2ヶ月前くらいにどうしても飛び降りたくて飛び降りたくて、でも自分で命を経つのはだめだから遊園地バンジージャンプをした話をした。「本当に辛くなきゃ、バンジージャンプなんてしない…」と泣きながらポロっと言ってしまうと、母親が大号泣してきた。「なんでそういうこと言わないの!そんなに切羽詰まってるなんて微塵も見せないじゃない!家族なのに!」とわたしの正座のももバンバン叩く。わたしはただ、カーペットの一点を見つめることしかできない。

こんなに生みの親がわたしを心配しているのに、当のわたしは観音開きの扉を閉ざしたように全てを遮断していた。母親の言葉はたしかに正しかったし、この人がほんとうに優しい人だとは思った。けれど、彼女の言葉はまるで2km先で叫ばれた言葉のように、わたしに届く前に空気の無音にかき消されていた。なんでなんだろう、とまじまじ思ってしまった。わたしはわたしという人間の心の開かなさにいつも驚かされ、そしてそれによってひどく落ち込む。

 

わたしは自分という人間が、砂漠の砂なのではないかと考えたことがあった。テキサスの砂と、砂漠の砂の一番の違いは、乾燥の度合いだ。テキサスの砂は乾燥した砂の荒れ地ではあるけれど、雨が降ればそれをしっかりと吸い込んでいく。

高校生の夏休み、まるまるひと月テキサスに滞在してたのだが、15日目くらいにはじめて雨が降ったのを見かけた。朝起きて、朝食を食べているとホストマザーが「雨が降るのは5ヶ月ぶりよ」と言う。家のプールの水面に雨がぽつぽつと波紋を作っていた。派手ではないけれど、ささやかな雨はしっかりとテキサス州ダラス近郊の渇ききった土地を濡らし、そして植物たちは一瞬だけ緑を豊かにした(そのあとすぐ枯れた)。

けれど砂漠は違う。砂漠の砂はテキサスの砂よりもはるかに渇ききっている。渇きすぎた砂は、もはや水を吸うことができない。では雨が降るとどうなるのか?最近では異常気象のおかげか砂漠でもごくたまに鉄砲雨が降るらしいのだが、すると大量の雨は大地に吸われることは一切なく水の塊となって低い方へ低い方へと流れでていくのだと言う。だから、砂漠で一番の死因は枯れた川での溺死だと、なにかのまとめサイトで読んだ。

わたしは自分のこころがまるで砂漠の砂のように感じることがある。恵みの雨をまったく吸う余力がないほど、渇ききってしまっている。誰にもこころを開くことができず、閉じたまま誰かの愛を流しっぱなしのシャワーのように無駄にしている。

母親が夕食の準備をしているとき、犬を外に連れ出した。老犬なのでリードをつけなくとも走ってどこかに行くことはなく、ただてくてく歩く後ろをぽつぽつ追う。空にはうっすらと雲のかかった月が、当たり前だがひとつだけぽつんと浮かんでいた。わたしは夜の青さをひさしぶりに眺めた気がした。夜は黒いのではなく、青い。そしてとても冷たく、ひとりぼっちな気がした。わたしの本体は、実は月で暮らしていて、地球にいるこのわたしは本体の分身でしかないような気がした。黒い宇宙に隔てられ、限りなく絶対に到達できない月という孤独の惑星のなかで、ただひとり、銀色の光の中存在している、それがわたしのような気がした。

家族といても、自分だけが違う層の中にいるみたいだった。家族はひとつ上のふつうの人が共有する現実という層に暮らしていて、わたしはその現実の層のひとつ下のレイヤーにある層で息をしていた。同じ光景を目にしているはずなのに、まったくわたしはひとりぼっちだった。乖離(そむきはなれること。結びつきがはなれること)という言葉がほんとうにふさわしい。現実から乖離してしまった感覚が、確実にしていた。

 

夕食を食べ終わり、部屋で高橋源一郎の『ジョンレノン対火星人』(ふざけたタイトル)を読んでいるとき、ふと竹取物語のことを思い出した。かぐや姫だ。

かぐや姫はもともと地球の子供ではなく、月からやってきた子だった。男から得られる見た目への愛情を全て跳ね飛ばし、やがて月へと帰っていく。彼女は地球の人間にはならず、結局月へと戻っていってしまったのだ。同化できず、けっきょくは地球人を他者と見なして去っていくかぐや姫に、わたしは自分を重ねてしまった。

わたしの母親は沖縄生まれで、戦後の民族同化政策に反発することなく大和文化に同化していった。そして現在首都圏で穏やかに(少々悪趣味に)暮らしている。ほとんどの沖縄出身者はUターンで帰郷してしまう中、母はここで暮らすことを選んだ。彼女は誰かに同化していく力がとても強い。だれかの親身になっていく力がとても強い。いわゆるアイコニックな母親といえる。そしてその母(わたしの祖母)は奄美大島の出身で、これまた沖縄へ越してそこで嫁いだ人だった。言葉も文化も分からない土地に馴染んでいく力がとても強い人々だった。

しかしわたしは違う。誰にも心を開くことができない。母親にさえ。わたしは自分のことを考えてひどく落ち込む。もっと温かくありたかった、愛情を素直に受け止められる人間でありたかった。けれどわたしにはそれができない。母親が心配して泣く姿や声は、2km先の出来事で、わたしはカーペットに視点を落としたまま動くことができなかった。本物のわたしは月にいる。どんなに愛が注がれている最中であっても、心は常に月の上で、ひどく冷たい銀色の光の中、たったひとりきりなのだ。いつか、わたしの分身は月へと帰れるのだろうか。それとも、だれかが月まで迎えに来てくれるのだろうか。月面の上をひとり、なにをするでもなくただあてもなく歩きつづけるわたしめがけて。

お題「今日の出来事」

広告を非表示にする

谷川俊太郎『ひとり暮らし』、ひとり暮らししたい。

ひとり暮らしをしたくてしたくて、『ひとり暮らし』という本を読んでみた。谷川俊太郎は、中学生の頃だいすきだった友達が気に入って読んでいたので、なんとなくずるずると10年近く読み続けている。
2009年に書かれた本だから、最近の詩のごとく柔らかくて温かい雰囲気を持ってるのかと思いきや、すこし冷笑的で意外にも世界に対してちょっと冷たい。まあでもそんなもんか、と思う。デビューの頃の作品は、自分の殻に篭っていて冷たくて、でもそんな空気が、世界に馴染めなくて孤独を感じているときにとてもしみる。

この本の中の「恋は大袈裟」というエッセイは、谷川俊太郎が恋を通して、母・他者・宇宙を求め、少なくともそれらの一片には触れることができる、みたいなことを言ってんじゃないかなあ、と思う。

「私の初めての恋の詩のひとつに「…私は人を呼ぶ/すると世界がふり向く/そして私がいなくなる」という行がある。他のどんな人間関係にもまして恋はエゴイズムをあらわにするが、同時にそれは個を超えて人を限りない世界へと導く。その喜びと寄る辺なさに恋の味わいがあるる。人は経験によって、また想像力の限りをつくして、それをことばにしてきた。
ひとつのからだ・心は、もうひとつのからだ・心なしでは生きていけない。その煩わしさに堪えかねて、昔から多くの人々が荒野に逃れ、寺院に隠れたが、幸いなことにそんな努力も人類を根絶やしにするほどの力はもてなかった。」

…個を超えたところにある、喜びと寄る辺なさ。
近づくほどに遠くなるもの、それは恋人の心。近づけば近づくほど、どんどん遠ざかる。ふたりでいることは、ひとりひとりが際立つこと。どんなに求めても、絶対に分かりあえることなどあり得ない。恋の寄る辺なさって、きっとこういうこと。
周りのひとのことを知れば知るほど、わたしは世界から孤立していく気がする。本を読めば読むほど、自分が孤独になり、渇いていく。知れば知るほど、世界は相対的に広くなっていき、わたしは相対的に縮んで小さくなっていく。英語なら、shrinkがいちばんふさわしい。

なんでひとり暮らしをしたくてしたくてしょうがないかと言うと、わたしの持つ世界ひとつひとつがバラバラにわたしを引き裂こうとしていくようか気がして、なにかひとつの力の上でそれらを維持しないと、本当にバラバラになって自分が崩壊しそうだから。
家族、恋人、友達。人間関係のそれぞれの世界がひとつひとつが断絶してわたしの中に存在して、それぞれの世界がそれぞれの関わり方を持っている。もしくは求めてくる。そうなるとわたしをいま支える基盤となる世界がない。家にいても、わたしは家族という世界と関わり、振る舞いを求められる。わたしを形成する空間がいま必要で、わたしはひとりの時間を欲している。それを持ったうえで、誰かの世界に関わらないと、わたしは求められる世界に毎回形を変えることで自分をどんどん分裂させていってしまう。わたしはそれぞれの世界によって引き裂かれる、そんな予感が不穏にもしてしまう。
人と関係を持つことで感じる無限の寄る辺なさを支える自分が必要で、それはひとりの、本当にひとりの時間を確固として持つことによって、すこしは得られるんだと、いまのわたしは信じてやまない。
もうひとつのからだ・心に関わるには、まず自分のからだ・心を確かめないと、うまくやれない、そういう硬くて柔軟性のない、わたしという存在に嫌気がさしてさしてしょうがない。

くるまのこと(ボロすぎるプジョー)

 

わたしは運転が好き。大学生の女子にしてはまあまあ珍しいんじゃないかと思う。ちなみに技術的にはとても下手だ。

なんで好きになったんだろうかと考えると、まず、車社会に暮らしているので運転の必要があることで必然的に車に触れるというのが前提にある。たまに大学にも車で行ったりしている。つぎに運転の楽しいオープンカーが2台家にあるおかげで、電車移動なんかより車で気持ちよく移動したいと思っている。実際には4台車があってどれも個性がある。トヨタの中型車と小型車、プジョーのオープンカー、シトロエンのオープンカー。

この中でも、プジョーのオープンカーが特にお気に入りだ。このオープンカー、長らくドイツに転勤したまま帰ってこない父親の友人からの貰い物で(ほんとにタダ)、やたらボロい。見た目も最近の高性能ぽいプジョーからは遠いし、かと言って一昔前のかわいいロゴが入ったレトロな車でもない。ただめっちゃボロい。20年位前のモデルで、色はプジョー的深い青。砂漠に行ったら映えるようなタイプの青だ。プジョーの青はとても素敵で、この車は見た目だけはとてもかわいい。問題は性能だ。

まず、後部座席の左側の窓がたまにしか上がらない。開けてしまうと最後、手で引っ張りながら閉めるボタンを押してやっとこさ閉まる。時たま閉まらないのでそのまま放置する。雨が降ると天気予報で見れば、20分くらい格闘しながら閉める。

さらに、トランクについていたプジョーのマークが、ある日トランクをバシンと閉めた衝撃でポロッと取れた。「・・・・」である。しばらく銀のマークは座席のポケットにしまわれていたが、マークが取れた痕があまりにも不格好すぎるので、ひとつきほどしてアロンアルファでくっつけた。

さらにさらに、たまにエンジンがつかない。一度なんか銀座のアップルの立体駐車場でエンジンがつかなくなった。焦る。後ろには駐車場に入りたい超高級そうなアウディーが、すごく迷惑そうにして待っている。キーをひねっても虚しい音だけが響いて一向にエンジンがかかる気配がない。焦った父親はボンネットを開けて、エンジンとキーの接続部分をスパナでガンガン叩く。なんとエンジンがかかった。そんなんでかかるのか。それ以来、エンジンがかからないと「またか」だし、かからなければかからないでボンネットを開けてエンジンの金具を叩けばいいから大丈夫、と謎の余裕を身に着けた。ちょっとやそっとではもう動揺しない。これがボロい車から得られるアクシデント耐性だ(全然ありがたくない)。

そんなプジョーだけれど、「フランス車の愛嬌ってかんじだよね」とか思っちゃう自分がいて怖い。これは個性これは個性、いや違う、故障だよ明らかに。

しかし最近、トヨタプリウスを借りて運転したり、家にあたらしくシトロエンのDSという車がやってきたりして、いわゆる優等生的な車を運転する機会があってわたしはなんだか落胆している。まず最近の優等生車は、ハイブリッドなのだ。アクセルを踏むと、エンジン以外にエレクトロニックな何かしらのちからを感じる。なんと不純な。エンジンひとつがアナログにがんばるあのアクセルの踏み心地と加速具合が好きなわたしからすると、とても不純に感じる。さらに、壊れない。まったくもって壊れない。すごい。ていうか癖もあんまりない。これは良いことのはずなんだけれど、いや良いことだよ、なのに車に性格がない感じがしてなんだかがっくりしてしまう。

ここまで来るともはやプジョーが恋しい。窓は閉まらないし、マークは取れるし、エンジンが50%の確立でかからないんだけど、プジョーが恋しい。やたらキャラの濃い友達に悩まされていやいや付き合ってたくせに、後年になると思い出してまた味わってしまいたくなるタイプだ。完全にハマってしまっている。

そんなボロプジョーは毎年修理に出さなければ乗れず、毎回の修理でだいたい20万円ずつ吸い取っていく。今も近所の知り合いの修理工場でこつこつ直されて、ゴールデンウィーク明けに帰ってくるのを待っているところだ。しかし毎回修理屋さんに脅されるのは、部品がもう日本にはないこと。彼はボロボロなのに、直してあげることができない。悲しい。

ボロプジョーはアクセルを踏み込むと、2段階で加速してぐいっ、ぐいっとわたしを前に引っ張ってくれる。ハンドルがやたら重い(シトロエンの5倍は重い、はじめて運転したときは筋肉痛になった)けれど、それは車輪を動かしている感覚がすごくする。なんというか、わたしが操作しているぞというのが直接伝わってくる、とても良い車なのだ。だけれど最近の車は、なんだかバーチャル・リアリティみたいな運転の心地がして、あんまりおもしろくない。そういう車が増えていって、ボロい車の部品はどんどんなくなっていくと思うとすごく悲しい。お金も手もかかるけれど、とても良い奴なんだよ・・・。

 

最近は、マツダのユーノスロードスターが気になっている。最新モデルのロードスターもかっこいいのだけれど、色が・・・。わたしはユーノス時代の、あのモスグリーンが大好きなのです!ドイツの深く湿った森を思わせるあのグリーンは掛け値なしに素敵。でも残念。最近マツダは赤に凝ってて、緑なんてのは出してくれないのね。

いつか、大人になったらボロいユーノスロードスターを手に入れて、燃費の悪さとボロさを嘆きながら運転したいと思っています。効率化や、便利さが必ずしも喜びには繋がらないと、車のことを思うとしみじみと感じてしまう、そんな女子大生はちょっとウザいね。

f:id:xxuiko:20170507003933j:plain(憧れのユーノス!あれ、青だ)

f:id:xxuiko:20170507003923j:plain(ボロプジョーと同車種)

屋根の上にのぼってきゅうりをかじること

ほぼ日刊イトイ新聞の今日のダーリンでこんなことが書かれていた。
世間的に、繊細さというのは良く取られ、鈍感さというのは悪くとられがちだ、と糸井さん。
ただ、ぼくは、鈍なほうに鈍なほうに歩んでいこうと、
 練習を続けてきたように思います。
 どう言えばいいんだろう、つまり、
 センサー感度高いのも、わるいわけじゃないけど、
 「感じることそのものよりも、
 なにかすることが目的なんだからさ」と思ったのです。
 感じたことを物語にして表現するにしても、
 「表現する」ということを「する」わけですよね。
 そこには、感じたことを切ったり削いだりするという、
 ある種の暴力的な決断が要ると思うんですね。
 どこまでも繊細に感じ続けていても、
 それをいったん止めて「なにかする」のでなくては、
 ただの線の切れたセンサーになってしまいます。
 どうしても、そこでは鈍にならざるを得ないでしょう。
タフだ〜と思った。そしてわたしはこれにすごい憧れてしまった。
 
村上春樹1973年のピンボールで主人公は「僕は楽観的な人間だ。けれど頭は悪くない。逆よりマシだと思うけれど」みたいなことを言う。村上春樹の小説の主人公はいつもこのテンションだ、根本的に楽観的な人間。でもこれを読みながらわたしはいつも、自分は真逆の人間だと思ってしまう。悲観的な馬鹿。最悪の組み合わせ。
わたしの周りの友達を見ていると、彼らは寄ってたかって楽観的か悲観的だが頭が良い人ばかり。彼らは彼らなりに傷ついてタフにならざるをえない経験をしてきた。元はとても繊細だけれど、でもとてつもないタフさを身につけた。きっと頭がいい彼らは傷ついたことから学ぶことができる。けれどわたしは傷ついたことから何も学べない。ただ傷つく、傷つく、の繰り返し。これは本当に、根本的な馬鹿だ。救いがなさすぎて、自分が疲弊することが目に見える。
生きていくことは辛いことだ。傷つくことばかり。春というだけで気持ちが鬱になる。だからそんな世界で生きるには何か武器か盾を持つべきなのだ。たとえばそれは趣味とか。
前に付き合っていた彼は、本当に繊細な人間だった。一緒にいるとこっちまで生きるのが2倍くらい辛くなってきて、どうしようもなくなって別れた。彼は、美しさに固執する人間だった。全ての趣向に一貫するものがあり、革靴をこよなく愛し、ブルックスブラザーズに身を包んで紳士であるという法則の環境の中に自分を置き、自分を守っていた。彼が身の回りの全ての物事を、自分の秩序で整理していこうとする姿を見ていると、これが生きづらさから来る性格なのだろうと思った。そうでもしないと自分を守れないんだろう、と。
昨日の夜に自分が無趣味であることが辛くなってきた。そして自分がなんてつまらない人間で、この世に存在する価値が与えられていないと自分を責め続けた。基本的にわたしは自分が信用できない。
 
朝起きて、まず水を飲んで次に野菜ジュースを飲んで、コーヒーをいれた。それから父親に炊きたてのお米を蒸すために一度サランラップに全部包めと言われ、炊きたてのお米5合を拳2つ分ずつくらいをまとめてサランラップに乗せ、手で少しだけ形を整えて、包んだ。それを7個くらい作りながら、ビル・エバンスのSunday at the villege vanguardを聴いていた。今日は良い天気で、気温も温かくて、しかも風が心地よかったので、窓を開けて、トマトのサラダを作ってそれをつまみながらお米を包んだ。
ぼんやりとイトイ新聞の鈍感さについて考えていた。たぶんタフさがないことは、致命的な人生の設計ミスなのだろうと。でも今からタフさを得ようと思っても、わたしにはきっと無理だ、遅いし、そういう人間ではない。
ビル・エバンスとトマトサラダと春の風は、わたしのこころをとても軽やかにした。少なくとも、鬱々として自分を責めることを一瞬でもやめることができた。そういう気持ちというのはやっぱりなくなることはない。人生は苦しみの塊で、楽しみや嬉しさというのはご褒美なんだと仏教の教えにあるように、やはりマイナスの感情は生きることと表裏一体で、それはアルミホイルの裏と表をばらばらに剥がせないほどくっついている。問題は、とお米を包みながら思った。どうやってそれに押しつぶされないで生きていくか、なのだと思う。
けれど、と思う。今のこの瞬間だけは自分を責めていない。春の風とトマトサラダと爽やかな空気がわたしを包んでいて、わたしは何も憎んでいない。わたしはこういう、世界も自分も他人も憎まない瞬間を自分が感じられていることに嬉しくなった。爽やか、ということばがこういうわたしの気持ちを表すのに適当であるかはわからない。けれど、爽やかな世界というものを一定的に持つべきだ、という義務感が自分の中に生まれた。でもそれは表面的であったり、アイコン的であったりしてはいけない。根本的な爽やかさを、自分の内側のある一部分に作り上げること。それは、風の気持ちよさを忘れないことや、トマトの美味しさを感じること、音楽の素晴らしさに自分を委ねること。炭酸水の泡の音を聴くこと、屋根に登ってきゅうりをかじること。全て、心地よいと思ったときにしてきたことを忘れないこと。世界を自分の中に持っておくこと。
そういう確かな世界をひとつ心に作り上げれば(しかしそれには努力も必要)、わたしは少しだけ自分を責めることを辞められて、世界との接点に居場所を作ることができる。爽やかさに包まれたとき、世界がとても穏やかで美しいものに溢れているように見えるから。
でも誤解すべきでないのは、生きることは辛いことで溢れているという姿勢を忘れないこと。でないと、何かを勘違いしてしまって、また同じ繰り返しを何度もしてしまう。春の鬱に自分を沈めて、世界と自分を憎むことしかしなくなってしまう。
イトイさん、わたし鈍感さはまだ手に入れられるかまだ分からないけれど、ひとつの世界を自分の中に作っていこうと、イトイさんの記事を読んでちょっと思ったよ。生きることを、それでもしないといけないんだとはやっぱり思わなきゃいけないから。