ぐるぐる雑記

読んだり観たりすると感想が出る。うんちと一緒だね。

春ぎらい

冬至を過ぎたあたりからめっきり日がのびていくのがわかりやすくなりました。最近の東京では雪が降って冷え込む夜が何日か続いたなと思ったら、突然日差しが春めいてきてとうとう春がやってくる予感がします。
季節の変化というのは、気温ではなくて日の光によって感じるものなんだなと、今日のような晴れた日に思います。日の光が体に当たると暖かく、そして光が生命にあふれて輝いているように見える。その光に照らされて溶けてゆく雪の残骸、町のアスファルトの色、枯れていた木の肌。全部が、また生まれ直して命を吹き込まれていく感じがします。


ところで、わたしは春が苦手です。こういう輝きがとても気持ちを憂鬱にします。桜の花とか見てると鬱々としてきて心が何かから分離しだすのがわかります。酒を醸すときにでる甘い匂いを漂わせた闇みたいなものが、こっちを見ている気がするんです。
この気持ちは物心ついたときからずっとあって、その根底にあるのはやっぱり生と死な気がします。春は一番、生と死が交わる季節な気がして、それがとても気持ちを憂鬱にさせてくるのだと思います。
高校生のころ、現代文の教科書に梶井基次郎の「檸檬」が載っていてとても興味を持って読んだのを覚えています。

 

檸檬 (280円文庫)

檸檬 (280円文庫)

 

 


きっとこの人は、目に見えることのぜんぶを把握しようとしているんだ、と。学校が終わったあとに本屋によって、500円くらいで文庫を買った記憶があります。その中には、檸檬だけじゃなく、桜の木の下には、とかKの昇天というのも入っていて、すごく好きで何度も読みました。そこにあるのは、やっぱり春的な鬱の感じ。生きることと死ぬことが交わる感覚を味わうことができるんです。
死んだら向こう側、生きているうちはこっち側、ではなくて、生きている人間の内側にある死、世界は死んだものとの共存でできているという事実、そういう生の中の死が醸し出されているのが本当に好きでした。梶井基次郎は30才かそこらで病死してしまうらしいです。自らのうちに死の爆弾みたいなものを抱えているから書けるのか、彼の感性がそうさせるのかはわからないけれど、けれども文章にはそういう雰囲気が多く含まれている気がします。
いまから梶井基次郎を読んで、そのあと「ノルウェイの森」を読もうかなと思っているんですが、ノルウェイの森はもうちょっと個人の中にある生と死に焦点をあてている気がします。梶井基次郎は個人の周りの環境や自然の摂理の中にある生と死という感じがするけれど。

 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 

 



まるで重箱の構造みたいだな、と今思いました。ノルウェイの森では、生きている人間の中に死んでしまった人間がいる、という感じ。生きている健全な人間の、確立したひとつの魂という箱の中に、死んでしまった人間の箱がずっとある。あくまでもそれらは外部(自然に返ってゆく的発想の外部)にはあまり接触を持たない感じがします。ひたすら
内側に閉じていく、内側に無限に繰り返される箱の中の箱。ノルウェイの森は、というか村上春樹の作品ってそういう感じがします。どんどんと内側に閉じて、深部に向かって規則性と不規則性を持って反射する万華鏡のようになっていく。すごく内向的な作品が多いんだろうな(雑感)。
というわけで今日は春らしい日差しを見て憂鬱になったので1日家に引きこもってます。昨日銀座で母親ととんかつ(安い!おいしい!)を食べた後、ひとり町をぶらついたらショーウィンドウの中の色がめっきり春めいていて、うっかりCOSでピンク色のジャケットを買いそうになりました。おっとおっと、お腹が大きいうちは体のイメージが歪んでるから服買うのやめるんだった。子供を生んで、日差しだけじゃなくて気温も春になったら春らしい新しい服を買ってわたしも生まれ変わろうと思います。春は嫌いだけれど、季節が変わるたびにまるで自分の人生も変わっていく感じがするのは、飽きっぽいわたしにはとても嬉しいことです。さて、とりとめもなく書いたので本読もうかな〜。

大学四年生時のでき婚記録

ひさしぶりにブログ書きます。

妊娠したことでおきた精神的な変化について書いておいた方がいいかなと思ったり思わなかったりしたわけで…。

妊娠って身体的変化以外にどうなっちゃうの…という疑問が自分の中にある一方でネットには情報がまったく無いので自分で書いて覚えておこうと思います。だれも見てないブログだけれど、一応だれかわたしに似た状況に陥ってしまって必死に似た話を探している人がいたらちょっとは役に立つかもしれないし。子供を生んだら忘れてしまう前にメモメモ。長くなりそうなので、まずは「産むか産まないか」と「結婚するかしないか」の2点に関して書こうと思います。ちゃんと書ききれたらいいな…。

 

妊娠したときわたしは大学4年生でした。言い換えれば、「この人との間に子供が欲しい!」という欲求からスタートしたのではなくて、「できてしまった…どうしよう…」というところからのスタートです。最初の難関は、「産むべきか産まないべきか」です。シェークスピア風に言えば、“to be or not to be,that is a problem”(違う)。

自分の来歴(関東圏に育ち都内の中高一貫キリスト教学校に通い、留年せずに福沢諭吉の大学に通う)から判断すると、わたしは現代的な都会の文化に片足突っ込んだ環境で育ったんだろうな〜という気がします。インスタントカメラで写真撮ったり、セリーヌのかばんが欲しかったり、要するに都会のヤッピーって感じの欲求の中でずっと生活してきました。ちょっと文化的なことをかじってすこし得意顔になって、類友なのかまわりには最大手の広告代理店に就職する知り合いばっかりです。別に悪口じゃないけれど、その場所から外れた今の場所から見ると、自分がいた場所は誰かによって再生産された人工的な都会的憧れの中だったんだということがよくわかります。みんなたしかに頭は良かったけれど、その外側にきてしまったわたしから見ると、自分の意志というのが存在しないで選んだ選択肢の中にさえすごさや偉さみたなものがついてしまう世界でした。頭を使わずともハッタリ的な凄みを醸し出すことができる、なんて便利な道具だったんだろうかと思います。結局、今までのわたしの選択は世間が「良い」と決めた価値観の中をただ歩んでいただけだったんです。
だからこそ妊娠に関する問題は山積みでした。はじめて環境的な価値観を借りずに、自分で考えて、自分の意志を持って決めなければいけないことだったからです。結婚して就職をせずに子供を持てば、今までいた華やかな場所から離れることになるし、都会的な孤独の中をさまようわがままな時間がなくなるのも正直言って悔しかった。それにボーイフレンドと結婚していいものかというのも悩みました。とても好きだけれど、色々な面でわたしの手には負えない人かなと思っていたので、そのうち別れる気がしていたからです。
これらの問題を総合的に見ると、わたしの悩みは、自分の人生が自分のコントロールを失うことが怖いということの一点から出ているような気がします。それが本当の意味で自分の意思で動いているコントロールではなかったとしても、自分のわがままが許されない状況に置かれることに耐えうるかどうかがわからなかった。
でも、ここで堕胎をしたら一生罪悪の気持ちに苛まれて生きていくだろうということだけはわかっていました。『風の歌を聴け』に出てくる小指の無い女の子のように、堕胎したらわたしはそのまま誰も知らないどこか遠くへ消えて二度と戻らないかもしれない、という気がしました。だったら、堕胎をして傷ついて死ぬかもしれないのなら、産んでしまった方がきっと得るものがあるはずだ。結局はこれまた自分のわがままのために、子供を生むことにしました。けれどもこれは単なるわがままではなくて、責任と意思を伴うわがままなのです。だから子供に辛い思いをさせてはいけないという義務がわたしにはあるはずです。産むと決めたからには、大事に精一杯育てるのです。そういうわけで、わたしは堕胎せずに産もうと思いました。ボーイフレンドにも自分の気持ちを話した上で、結婚することになりました。
まずここまでで、産むか産まないか、ということでした。産みますよ〜!ちなみに予定日まで残り1ヶ月をきり、お腹重すぎです。巨大児疑惑により、精密検査になりました。あはは、笑えない…。

 

結婚に関しては、夫のプライベートもあるわけなのであまり書こうとは思わないけれど、ひとつだけ。
キリスト教風の結婚式の誓いの言葉、神父さまが確認してくる内容で
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
という確認があるとドラマで見たことがあります。わたしは結婚式はあげてないので細いことはよくわかんないけれど、「この人で良いのだろうか…」という疑問を持ったとき(失礼なヤツ)、病めるときも悲しみのときも貧しいときも、この人と一緒にいられるかな、っていうのをひたすら考えました。かっこいいし、素敵だし、頭いいし…等々のプラスなところは判断材料ではないんです。健やかなるときは、人生の問題も難関もとくに苦心せず乗り越えられるわけだし。ではなくて、鼻毛出てたり服を脱ぎ散らかしたり、責任感なかったり逃げ癖あったり…そういうマイナスなところをわたしどれだけ許せるかな、ということをイメージしといた方がいいと思いました。「許せない」が募るときっと仲悪くなる気がしたので。
結局、彼のマイナスの部分をわたしは許せると思って結婚したわけです(ちなみに相手がわたしと結婚してもいいかな…と思った理由は怖くて聞けてない)。

そういうわけで、まずは大学生だったわたしが子供を産む・結婚をするという選択に至ったまでの考えをメモりました。次こそ、妊娠して感じた性の精神的変化について書けたらいいな…。
つづく…(のか?)

フィッシュマンズの世界からはさよなら

すこしだけ眠って、目が覚めてしまった夜です。家に帰る前に買ったユーハの特濃ミルク飴をカバンから漁って深夜の2時に舐めています。罪の味がする。

最近とことんニートなので、いろんな映画を見たり、本を読んだりしてそういう面では充実しています。恋人(もうすぐ夫か…)と、小さなアパートでバイトもせずにただひたすらに時間を過ごしています。大学は卒業できたし、彼はたぶん4月に就職するし、わたしは2月に子どもを産むし、時間のエアポケットはきっと人生の中で今しかないのかな、と感じつつ日々を送っています。
ひとつ恋しいのは、結婚なんかする気もなくて、未来は不安ばかりで、それでも野良猫が2匹寄り添うみたいに生きていたつい最近までの感じ。野良猫が寄り添って陽だまりで遊んでいるようなさびしさが、わたしたちにはもう無いというのはやっぱり物悲しいなと日々感じてます。生きることの不安や、自分に対する苛立ちや、そういう形や宛の無いモヤモヤとした感情、ああいうのが少しずつ少しずつ薄れていくことが、とてもさびしいと感じてしまいます。
女として子どもを産むことはおそらくその若さ独特のさびしさと別れてしまうこと。けれど、わたしが思うに人に魅力をかけるのは少しのさびしさなのではないかと思います。冬の日の斜陽みたいな、少しのさびしさ。そういう世界から去るというのは、一枚の印象派の絵の持つ世界が分からなくなっていくような、そしてそれを積み上げていってしまうんじゃないかというような不安を与えます。

 

妊娠が6ヶ月に入って、何をしてなくても息をするのがすでに苦しいし、食べ物もたくさん食べるとすごくしんどくなります。もともと太ってない体型のせいか、見た目からお腹がすごい出ているし、なんだか22歳のまだまだ若さを謳歌したい年齢としてはしょぼ〜んなこともたくさんあります。バーにも行ってないし、大好きなウイスキーも飲んでないし、名画座でオールで映画とかしてないし、無茶して歩いてげろげろにもなってないし、思いつきで旅行にも行ってない。
ただ毎日、恋人と過ごして、終わらない日々に未来への責任感だけがプラスされて、不思議な感じです。地に足つけたループって、地に足ついてないループより、ヘンテコです。地に足ついてないループをもっと楽しんでたかったな、ね、フィッシュマンズみたいな世界にもうあと何年かいたかったな。

 

大好きな冬が来るので嬉しいです。あしたは暑いみたいだけど、はやくセーターとかコートとか着られる気候になってほしい。ぴりりと引き締まる寒さとか、空気が透き通って星が見えることとか、すべてが愛おしいです。はやく〜。

眠れない夜の近況でした。飴は舐めおわっちゃった。

 

荒木陽子『愛情生活』、運命みたいなふたり

お題「読書感想文」

人ヅマのヌードばっか撮ってるアラーキーの亡き奥さん、荒木陽子の書いた夫婦の生活の本なんだけれど、困った…これ読んでると贅沢がしたくなってくる…。

 

愛情生活

愛情生活

 

 

 

そういえば最近わたし卒業間近のくせに妊娠したんです。で、うちの母に妊娠を伝えるとき、どうしたらいいか分からないから沈鬱な気分をごまかすために新大久保イチおいしいタイ料理屋さん「バーン・タム」に母を呼んで、ハッピー&ガヤガヤの中で「妊娠しました!」って笑い飛ばすつもりが、想像以上に店内がうるさすぎたのと自分の臆病さのせいで何も伝えられず、アボカドサラダとパープッポンカリー(ソフトシェルの卵カレー炒め)とガパオを頬張って、会計を済ましたあと、しびれを切らした母に、
「で、相談ってなに」
と言われ
「どうせ妊娠でもしたんでしょ」
と見抜かれた(母というのはどうしてこうエスパーなんでしょうか)。
わたしが「どうしよう〜」と路上でエコーの写真を見せながらメソメソ泣いていると、強くたくましい母は
「タクシー!新宿西口のヒルトンまで」
とタクシーを捕まえて、ヒルトンのバーラウンジまでわたしを連れていき、ソファにドカッと腰掛けてシンガポール・スリングをひとくち飲んでからやっと話をはじめたのである…(中国人に間違えられたけど)。
たくましい母…わたしの母にとって、贅沢は癒やしなのだ…。

 

しかしこの本を読んでいると、贅沢している荒木陽子に自分を重ねたくなる。ホテルでアワビのステーキとか食べてシャンパン飲みたい。青山の小さなレストランでテリーヌとか食べたい。素敵な真珠のネックレスしたい。
わたしの少ない女の子という女の子な部分が刺激されて、黙ってられないわけです。女の子としての承認欲求を贅沢で満たしたくなる、そんな気持ちが自分の中で膨れ上がるわけです。

 

一時期、付き合ってた男の人はマジな紳士的なタイプのロマンチストで(誕生日プレゼントは薔薇の花束だった)、その男の人とは20歳そこそこのくせに、通っていたフレンチのレストランがあった。年に3回くらい、バイトして貯めたお金で、服買って靴買って、一番高い時計をして、代官山まで出かけておいしいランチを食べに行っていた。
「いつかディナーも食べたいね」
なんて言っていたけれど結局別れて、そのあと一回だけその男の人と六本木に移転したお店に行ったけれど、内装も支配人も変わっていて、なんだか彼にもお店にも味にも馴染めなかった気がする。全部終わっちゃったんだな、なんてそこで思ったのだ。
今でも最初にその場所で食べたものは思い出せるし、あのときの特別な幸福感は胸の中にある。桃のサイダーが美味しかったから、きっと今頃の季節に行っていたんだろうな、なんて思い出す。
それに何より、贅沢する前にちょっと背伸びして化粧したり服着たりピアスをつけるのって、本当に気持ちがいい。わたしなんだけど、ちょっと贅沢なわたしになれるわけです。背筋なんかもピンとしちゃったりして。
そういう気持ちをぐぐっと、思い出させる話がたくさん。

 

…いやほんとはね、こんなこと書きたかった。
「愛が消え去り跡形もなくなったのなら、記録も一緒に消滅すればよいのである。しかし愛が消え去ったと思っている人間の心の片隅に、記憶というものが、いつまでも存在するように、記録もまた、永遠に存在するものなのだ。残酷なほどの生生しさで。」
これこそ、この本そのものなんじゃないかなと思う。陽子さんは死んだ、この本を書いている陽子さんは随分前に死んだのだ。そのことが妙にこの本を読んでいる間中頭の中にこびりついていた。
別に遠藤周作だって死んでる。でも海と毒薬を読んでも、そのことは別に意識されなかった。
生きていた愛、つかめないし、だれにも見ることはできないけれど、生々しく生きていた愛、それがこの本には息づいたまま閉じ込められている。だからこそ、死んでしまった、という事実がとても色濃く感じられてしまう気がする。
逆にアラーキーのセンチメンタルの旅・冬の旅なんか見ると、写真の中で陽子さんはたしかに生きているのに、死ににいく過程をたんたんと辿っているような気がする。生きてるはずなのに運命づけられた死が、その表情の中に、その寝ている姿の中に、常に漂っている。
死んでしまった中にある生が、荒木陽子が残したものだとしたら、生きている中にある死が、荒木経惟が陽子さんの中に見たものだったのかな、なんて思う。なんだかとっても、愛おしいふたりだ。運命みたいなふたりなんだ、と思った。

 

……卒論やば〜。

内田樹『困難な結婚』

いやはや、ブログの更新がお久しぶりである。その間に、すんごいいろんなことがあった。生きるの辛い!!から少し脱出できたと思ったらまさかの状況である…。

さいきん、内田樹の『困難な結婚』を読んだ。なぜか、結婚するから。

 

困難な結婚

困難な結婚

 

 

大学をあと一ヶ月で卒業とはいえ、まだ私も彼も内定ももらっていない(おいおい一応良い大学行かせてもらってるのになんでだ)。なにゆえそんな状況で結婚をするのか。「既成事実」である。できちゃったわけだ。
できちゃったことに関してはことさらここで書く必要もない。できたことにはできてしまったからそれはもう殺すことはできないわけで、じゃあゆるりと育ててみようかということだ(現実を甘く見すぎているか)。

問題は結婚生活である。私と彼の共通点は、責任から逃げまくってきたことだ。良い意味でマイペースで、悪い意味で言えば無責任。しかしまあ、そのマイペースさから言えば彼は人間としてはとてもおもしろい。台湾から帰ってきたらよくわからないうちにクリスチャンの洗礼を受けていたり(断るのが面倒だったらしい)、家賃滞納で家を追い出されて浅草でホームレスをして炊き出しに混ざってタダ飯を食っていたり。でも、無責任という面でとらえると結婚相手としては正直「?」である。彼の方もそうみたいだ。
「付き合うのはいいけれど、この人と結婚していいのかな・・・」
そんなもやもやとした思いを私も彼も抱えているわけである。それに私の家庭は離婚家庭ではないが、彼の家庭が離婚家庭なので結婚そのものに離婚の要素を見出してしまって不安になってしまうみたいなのである。

そういうわけで、『困難な結婚』を読んだ。結婚…想像するだけで困難だよな…(もう卒論どころではない)。

大きく学んだ点はひとつ。「結婚は相手がどうだこうだというより、自分がどうなるかどうであるか」ということ。内田樹いわく、『大体だれと結婚しても一緒』な訳は、結婚相手によって自分の中のある一面が顔を出すわけで、ある一面は結局は自分の中にもともと存在している一面なので(とまでは書いてなかったけど)、結局だれと結婚するかというのは自分の中のどの一面が顔を出すか、ということに過ぎない。だからもし結婚して「なんであいつの無能のせいでこんなに苦しい思いしなきゃいけないねん」ってなったとき、それはあいつのせいじゃなくて自分のせいでもある。まあたしかにそうだよね。恋愛でもそうだもんね。

よくよく結婚に関して考えてみておもったのは、相手はけっきょく他人だということ。彼氏〜彼女〜ってほやほやしてる間は、「この人だけが世界での理解者だ…」なんて思うこともあるわけで、この孤独で冷たい世界で見つけた北斗七星みたいな存在…とか思うこともあるんだけど、結婚を意識すると、突然他人という要素が強く感じられるようになる。育ってきた家庭がちがけりゃ、地域もちがう。私は田園地帯の田んぼの中で育ったから田舎が結構好きだけど、彼は都会が大好き。神奈川の実家で間借りしようとなっても、「ああ僕の都会ライフ…」なわけである(そんなこと言える状況か)。
でも違って当たり前で、その違うっていう事実を楽しめないと結局ツマンナイんだろうねって内田樹は言っている。違ったとこが多いほど、年月を重ねて似てくるところが増えて、それが結婚の醍醐味だって。まあそこまで辛抱するのが大事だよね。「結婚は辛抱だ」 by 父。

しかし不思議なのは子供という存在。子供にとっては、他人であるはずの私/彼は血の繋がった家族なのだ。確かに小さい頃、お父さんとお母さんが離婚することは想像すらできなかったのは、血の繋がった家族はずっと一緒であるということを疑いなく信じていたからな気がする。けれど実際は、お父さんとお母さんは他人。子供の私から見れば、みんな血が繋がってるけれど、でも違う。不思議すぎる。
正直、彼に対しては「私のこと大切にしなくていいから、子供は大切にして」って感じである。他人なんだからもう夫婦は会社関係ぐらい割り切れる関係であって、でも子供だけは別。子供だけはちゃんと大切にする。わたしの分身なわけなので。

うちの両親はなかなか仲がよい。まあ寺という職業柄ずーっと一緒に仕事して生活してるのもあるが、それでもお昼に来客がなかったりすると2人でオープンカーに乗って箱根にドライブしてくる、小田原に蕎麦食べてくる、とか結構している。マイルスのCD聞いていた父が突然「お母さん!ちょっと一緒に聞いてよ。やっぱりマイルスってすごいかっこいいんだよ」なんて言ってお母さんをリビングから音楽室へと連れ去ったりする。でも両親のことをよくよく観察していると、これはお互いかなり他人だと思ってるな、と感じたりする。しかし、「お互い他人」の先にある次のステージに両親はいるということもひしひしと伝わってくる。他人だと割り切った上で、夫婦であることの、ちょっとやそっとではびくともしないだろうという関係性の強さというのがうちの両親にはあるのである。
「嫌いになってもねー、我慢をぐっとすればそのうちまた元に戻るから」という母の言葉が身に染みる。嫌いだからって別れられないのが結婚関係なわけで(とわたしは両親を見て学んだ)、けどイヤダイヤダと言いながら続けたらそれなりに良いと思える未来があるんだろうな、と。例えばそれは、キューバに行ってきれいな景色を見て強盗に襲われて危機一髪とか、中国で人身売買されそうになるとか、そういう独身時代だからできる破天荒でおもしろい未来からは遠く離れてしまうだろう(全くできないということはないんだろう)。けれど、結婚して、イヤダイヤダと言いながら続けて、じゃないと見えない人間関係だって、なんか、まあ面白そうじゃん、とか思ったわけだ。
「結婚する相手が現れません」、という質問に対して内田樹はこんな風なことを言ってた。出来る人や楽しめる人というのは与えられた状況の中で創造的に判断ができる、と。大事なのは、自分の身の丈をちゃんと把握することと、与えられた状況でいかによく生きていくか。与えられちゃったんだもん、がんばるしかないよね。

 昨日まで貧血&つわりでグロッキーだったのが嘘のように今日は元気で頭も動くようになったので、KISSの『KISS』とか聞きながら、通学途中に日記などを書いてみた。


というわけで結婚しまーす。

『うりずんの雨』- 被害者だからって人を傷つけていいんだろうか?

お題「最近見た映画」

突然だけれど、わたしの母親は沖縄の生まれで、そのせいか沖縄関係の問題をニュースで見ると複雑な気持ちになる。報道は現実の一部しか切り取らないという言葉があるように、本当にそうで、ニュースで見る沖縄というのは「怒り狂った住民」に溢れた島のような気がしてしまう。

ニュースで扱われる沖縄問題は、基本的に基地問題である。基地問題の背景にあるのは、第二次世界大戦での沖縄の地上戦、米軍統治時代、日本返還後の不当な扱いなど、納得したくなるくらい結構ひどい扱いを受けているのはなんとなく想像がつく。

一方で、祖母の家に行って、いろんな人と話すと必ずしも全員が怒り狂っているわけではないということがわかる(そりゃそーだ)。基地に反対の人もいれば賛成の人もいる。けれどそんな多様な選択肢が存在して、多様な考えを持つ沖縄の人の一部を写すことでなんだかイメージが偏ってしまう気がする。。

たとえば神奈川の親戚に、まったく沖縄と関係のない一家がいて、彼らがある日うちに来たときに沖縄出身の母に向かってこう言った。「わたしたちが代わりに普天間基地の反対運動してきたわよ!」と。別に望んでもないし、母親はそういう反対運動に無関心だけれど、メディアによって作られた沖縄人像として振る舞わなければならず「ありがとうございます」と応答していた。その話しは何回か愚痴として語られていたから、よかれと思って「あなたのために」という視点は迷惑だったんだと思う。神奈川の親戚は心から普天間基地に苛立っている人たちに同情していたのかもしれないから、批判はできないけれど。

大学の友達に誘われて、ジャン・ユンカーマン監督の『うりずんの雨』という3時間もある(!)やたら長い沖縄に関するドキュメンタリー映画を見てきた。そしてやはり同じ感想を持った。


「沖縄 うりずんの雨」予告編

映画の中で、2つこころに引っかかったシーンがある。1つは基地のフェンスに貼られた「オスプレイ本土の空を飛べ」と書かれた張り紙。もう1つは、沖縄の12才の女の子をレイプして殺した共犯者の元米軍兵へのインタビュー。

2つに共通して思ったこと、それは、「被害者だったら誰かを傷つけてもいいんだろうか?」ということ。

沖縄の人たちはたしかに不当な扱いを受けてきた。沖縄の人たちだけでなく、世の中のたくさんの人達は不当な扱いを受けているだろう。たとえば福島の人たちへの風評被害もそうだ。けれども、そういう「被害者」とされる人たちの反対運動を見ているとたまにものすごい違和感に襲われる。宗教みたいだからだろうか?

けれど、反対!と言って誰かを批判したり傷つける行為は違うんじゃないかな?と思う。その根底には、わたしは被害者だから、という意識があるんじゃないかなと思う。被害者なんだから怒って当然なんだ、という意識。でも考えてみると、被害者だと思って当然の行動を取っていたら加害者になってしまうんじゃないかって。

たとえば「オスプレイ本土の空を飛べ」っていう張り紙だって、危険度の高いオスプレイの被害者は沖縄人ではなく、本土の人間ならいいんだ、っていうこと?って思ってしまった。わたしの家の近くにも米軍基地が2つあって、普天間ほどとは言わないけれど結構な頻度で飛行機が飛ぶ。じゃあ、ここに落ちれば、彼らは安心なのかな、と思ってしまう(そういう気持ちすら出てきてしまう状況だということも言えるからそれを真っ向から否定することはできない)。

被害者という意識がある限り、加害者という対立の関係が絶対に存在する。自分は被害者だ被害者だと強く思えば思うほど、きっと加害者への憎しみが強く強くなっていくんじゃないかと思う。けれどそれって、何を変えられるんだろう?きっと、加害者役と被害者役を順番こで交代し続けるだけで、何も進展しないんじゃないかと思う。

映画の中で、ひとりだけ加害者・被害者の対立でモノを考えてないんじゃないかなという人がいた。石川真生さんという女性の写真家。彼女は若い頃、バーで働きながらたくさんのアメリカ兵と交流をして、そしてそこからアメリカや沖縄というものを考えていたみたいだ。

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こうやって個人の関係性のなかでものを考えるのと、概念だけで考えるのでは雲泥の差がある気がする。人間は頭がいい。だから概念だけでものごとをたくさん考えられる。けれども同時に愚かな側面だってたくさんあって、それだけを考えていると人の温かみの中で自分がいるということを忘れそうになってしまう。強いことだって言える、なんだって概念の中では言える。けれど、それを生身の人間に向けたとき、どうなるのだろう?

わたしは別に普天間に反対とか賛成とかそういう意見はない。けれども、考え方として、自分の立場を固めて、見えない何かに反対するのはとても怖いことだと思ってしまう。状況はつねに変わるし、わたしたち人間はどんなに強いふりをしていたって傷ついてしまう。被害者を悪いと言ってるんじゃない。加害者を悪いと言ってるんじゃない。その凝り固まった二項対立から一度抜け出して、ものを見た方がいいんじゃないかと思ってしまう。

ひさしぶりにそんなことを考えてみたけれど、考えたからって実行できてるわけじゃない。考えてみたことはやっと徒競走のスタートラインに立ったくらいのことで、結局なにひとつ行動はできていない。棄権しようが、だらだら走ってビリッケツでゴールしようが勝手だけれど、とりあえずこういうレーンがあるってことを知れたからいいよね。

 

引っ越しできた

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実家の最寄り駅からの風景。日曜日にさよならも言わないで、35Lのリュックひとつで家を出た。実家の寺ではだれかの葬式準備がされていた。わたしはそそくさと、リュックと寝袋を持って逃げていった。

「ふりかえるな、ふりかえるな、後ろには希望がない」という寺山修司の言葉を、電車を待ってこの景色を眺めている間に何度も考えた。そう、この土地にいた過去には、なんの希望もない。

 

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阿佐ヶ谷のアパートにはものがない。けれど晴れた日に学校をさぼって、商店街を散歩して、お豆腐を買い、電気をつけずに青が濃くなっていく空を眺めながら、お豆腐に鰹節と醤油をかけて食べるとき、わたしは幸せだ。買ってきた安いワインの栓抜きが見つからなくて、昨日恋人が持ってきてくれたキッチンに出しっ放しのぬるい缶ビールを飲みながら、ただがらんどうのアパートの一室でぼーっとしているとき、これが身の丈にあった秩序ある現実だと思う。そしてやっと息ができる気がした。

 

引っ越せました。うれしい。また日記書ける時間ができればいいな。